暑い夏がもうすぐ終わろうとしています。 今年の夏はいかがお過ごしでしたか? 会社勤めの方は夏休みは取れましたか? 主婦の方は夏休みの子供達の面倒で大変ではありませんでしたか? 農家の方は秋の収穫に向けて大忙しでしたか? お孫さん達の世話で大忙しのおじいちゃん、おばあちゃんの疲れはとれましたか? 僕の夏休みは家内と次女にくっ付いてコーラル21と言う合唱サークルの合宿で伊東に行ってきました(分かり易く言うと運転手という事)。 静岡県内から500人以上の子供達が合唱で集まってきました。 ちょっと山梨県とは違った熱気を感じました。 それにしても子供達の歌声というのは良いものですね! 日々の生活で溜まったストレスが解消されるようでした。
さて今日は何の話からしましょうか?
皆さんナイアガラ症候群と言う言葉を知っていますか? 僕は今朝、甲府教会の金牧師から教えてもらったばかりです。 出典はよくわかりません。
ナイアガラ瀑布はいうまでもなくアメリカとカナダの間にある有名な滝です。幅1700メートル、高さ50 メートルもあるそうです。 この滝の上流をエリー湖の方へ向かうと川幅も広くゆったりとした流れを見る事が出来ます。 さてこの滝の遥か上流にボートを漕ぎだした青年。 揺う水の上で降り注ぐ日の光と波間の光の反射を楽しんでいます。 あて所もなくボートを漕ぎ出し後は流れに任せていて頬に心地よい風が優しく感じられます。 いつの間にか眠りに落ちます。 しばらくして青年は目を覚まします。 回りの景色は変わり川の流れもやや早まりましたが、川幅は十分広くボートの軽い揺れはかえって心地よく、傍らを同じ方向に流れて行く流木を眺めます。 ボートを漕いでも良いし漕がなくても良いし、青年はあえて何も選択しない気怠さを楽しみながら再び眠りに落ちます。
もう一度目を覚ました青年は辺りの景色に驚きます。 先ほどまでいつまでの続くかと思えた川の流れは数十メートル先で途切れておりその先に突然空が広がっているのです。 流れは早くオールを使ってボートを力一杯漕いでもとても岸までたどり着けるとは思えません。 ゴーゴーと言う地鳴りの様な瀑布の音と、滝底から舞い上がる水煙が近づく中で青年は何を考えたながらボートが真っ逆さまに落ちる瞬間を迎えたのでしょうか?
甲府教会の牧師先生はこの話を日常生活の中で神様の愛に気付く事なく過ごすクリスチャンの自覚を高める目的で話されたようです。 しかしこの話は色々な状況に応用が利きそうです。
例えば大学受験の直前に焦って勉強している学生の話の様でもありますし、、熟年離婚を切り出される前の中年男の話の様でもあります。そして皆さんもうお分かりですよね。 そうです。 目の前に迫った合併症の発症に気付かず食事にも運動にも気を配らず美食に走ると言った不良患者さん=ちょい悪オヤジやちょい悪オバン(そんな言葉まだありませんが)の事ですね。
良好な血糖コントロールとは?
先ほどのナイアガラの青年は川の流れが早まった事に危険信号を察知すべきでした。 糖尿病患者さんはヘモグロビンA1cや血糖に危険信号を見いだすべきです。同じ糖尿病の患者さんでも腎症、網膜症、神経障害などの合併症を起こす人と起こさない人がいます。これは運の善し悪しではなくて血糖コントロールの善し悪しの問題です。 表1をご覧下さい。ヘモグロビンA1cと食前食後の血糖でコントロールを分けています。 (ただし、70才以上では老人保健法によるとヘモグロビンA1cは7.0程度で良いという事になっています。) 合併症を起こさない為には1型糖尿病を対象としたアメリカのDCCTや2型糖尿病を対象としたイギリスのUKPDS研究ではヘモグロビンA1c7.0以下を推奨しており、ヘモグロビンA1cを1下げると合併症は20~40%減少します。 しかし、日本のKUMAMOTO(熊本)研究では6.5を推奨しています。 このKUMAMOTO研究の結果では、皆さんと同じ2型糖尿病患者さんを対象にインスリンを用いて厳しいコントロールをした群と通常コントロールをした群を分けてみると、厳しいコントロール群のほうが網膜症、腎症が半分から4分の1におさえられる事が分かっています。 このときの解析でヘモグロビンA1c<6.6, 空腹時血糖<110mg/dl, 食後2時間血糖<180mg/dlが合併症をおこさないコントロールである事が分かっています。 結構シビアな数字ですね。
なおDCCT研究では良いコントロールをすると9年で10%、悪いコントロールでは40%が網膜症を発症します。
外来で皆さんとお話をしていると『薬は我慢して飲んでもいいがインスリンは嫌だ』と言われる事が多くあります。この理由の一つに、『インスリンは薬を飲んでも血糖が下がらない人が使うものでインスリンを使いだしたら糖尿病が重くなって合併症も出てもうおしまいだ』と言う古めかしい考え方が影響しています。しかしこれは誤りです。 正しい理解は『重い糖尿病に対して早くインスリンを使うべき所をいつまでも使わず、血糖コントロールが悪いままに放置するので合併症が出た』のです。
インスリン治療と低血糖
もう一つインスリン使用をいやがる理由の一つに低血糖があります。 確かにインスリンの副作用に低血糖があります。 先ほどのDCCT研究でも低血糖がコントロールの良いグループでは3倍程度の頻度になっており問題となりました。 通常は低血糖の自覚症状は血糖値のレベルにより異なりますが,60〜70mg/dl程度になると頻脈、手の震え、冷や汗などの症状が出現します。 これらの症状が出たら糖分を補給すると立ち所に症状は消えてしまいます。 ところがこれと異なり症状のない低血糖は無自覚低血糖と呼んで危険です.自覚症状の有無は人により違っていて一言では言えませんが高齢の方、糖尿病神経障害のある方に多く見られます。例えば低血糖に対して全く自覚症状のない方,或はこれを未然に防ぐ手だてを適切にとる事の出来ない方に対する運転免許は道路交通法の定めにより交付されません。しかし、低血糖を未然に防ぐ手だては幾らでもあります。たとえば、自分で運転前に血糖を測ったり、補食をとったり、ブドウ糖やジュースを車の中に常備したりすると有効でしょう。 またよ〜く次の事実を踏まえて考えて下さい。
①合併症で視力が落ちて運転できなくなる方は数限りなくいます。 しかし、
②低血糖で免許の交付が受けられない方は年間に日本中で数名しかいません。
そうです。怖いのは低血糖ではなく高血糖です!
ここ1、2年私達の糖尿病外来でも血糖コントロールが悪いまま固定している患者さんが増えて憂慮しています。 いままで出来るだけご本人の意思や選択に沿った形で治療方法を選んできましたが,糖尿病学会の血糖コントロールのガイドラインの見直しや、当外来で比較的若い方に脳梗塞が起きた例などあり反省をこめて近頃積極的にインスリン導入を進めています。 幸いにもノボラピッド,ヒューマログという2種類の新しい超速効型インスリンが現在使用可能です.超速効型ですから食前30分前に打たなくても食事の直前(あるいは直後)に打つ事が出来ます。 面倒がなくなったのみならず作用時間が短く低血糖の可能性もぐんと減りました。 食事の30分前にインスリンを打ったらお客さんが来て食事がとれず低血糖を起こしてしまったといった失敗もなくなりますね。 インスリン注射器の針もぐっと細くなって打つときの痛みがほとんどなくなりました。 インスリン治療もより患者さんに優しい治療に変わっています。
皆さんの乗ったボートはすぐそこのカーブを曲がるとナイアガラ瀑布が目の前かもしれません。手にしっかりオールを握って安全な方向に向かおうではありませんか! 糖尿病外来のスタッフは一緒のボートに乗って安全な岸への方向へと誘導して行きたいと考えています。 |