一月は外来を休んで、他の先生に代診をしてもらいアメリカに行ってきました。患者さんには迷惑をおかけしましたが、お陰で、12月に亡くなったアメリカでの恩師の先生の墓参りに行くことができました。この先生はロッドベル先生といって95年のノーベル医学、生理学賞の受賞者です。休みのときなどは、研究室の全員を呼んで自分で料理をしてもてなしてくれるといった優しい先生でした。化学的にも非常に理論家で、惜しい先生を亡くしました。最後はANCA関連腎炎という珍しい病気で亡くなったのですが、その先生の寿命を確実に縮めたのは心臓の血管の動脈硬化でした。90年には当時アメリカで一番と言う心臓外科医の執刀で細くなった心臓の血管のバイパス手術までして、さらに、食事には細心の注意を払っていたのですが、病気には勝てなかったようです。もっともそんな理知的で頭のいい先生でも、しばしば医者の処方した薬を飲まないでいたことがあったようですか、「何でも、医者のいうままに、薬を飲むのはイヤだ」「自分の体は薬に頼らず治したい」といった気持ちがあったのでしょう。この気持ちは洋の東西を問わないようです。
僕にとってはこの(古い言葉を使えば)親の仇のような動脈硬化ですが、近頃はずいぶん医学も進歩して新しいことが分かってきました。動脈硬化というと昔からsilent killer (静かなる暗殺者?と訳しましょうか)と言われて来ました。すなわちなかなか症状をあらわさず、症状があらわれたときにはもう手遅れで、脳梗塞や、心筋梗塞を起こして治らない病気を言う考えです。例えば、動脈硬化が起きて血管が50%以上細くなってもまず自覚症状はないものです。70%、80%と細くなって自覚症状が出るようになってからでは遅くて、もう一度血管をもとに戻そうと思っても無理なことは誰が考えても分かることですね。このことは今でもあまり変わりがありません。そこで、どうやってより早くこの病気を見つけるかが問題になるわけです。
医者が使う聴診器を首の頸動脈に当てて細くなった血管を通る血液の音を聞くのもよい方法です。また、皆さんもご存知のCT、MRIなどが目で見て動脈硬化を診断するいい方法です。その他に検査や人間ドックの時に使う超音波の機械を首に使って見るのも有効です。この検査で細くなった頸動脈に、今にも頭に飛んで脳梗塞を起こしそうな血の固まりを見つけるとゾッとします。
さて、同じ超音波の機械でももっと性能のよい小型のものを使ってとんでもないことが分かって来ました。これは細い管の先に超音波の端子をつけて血管の中に管を入れて、血管を内側から観察すると言う方法です。血管造影などでは一見すると同じように見える動脈硬化巣に脂肪がたまっているのかどうかが分かるようになったのです。皆さんは同じようにコレステロールが高くて動脈硬化のある人でも、全く症状のない人と身体中の血管があちこちでつまって症状のある人がいることが不思議ではありませんか?血管の内側から動脈硬化を観察することでこの疑問が少しだけ解き明かされて来ました。つまり動脈硬化には2種類あるのです。一つは固くて繊維成分をたくさん含んでいる白色プラークと呼ばれているものと、もう一つは黄色プラークと呼ばれて脂肪成分が多いものです。「プラーク」というのは動脈硬化の病巣といったような意味です。固い白色プラークの方が病気を起こしそうに思えるのですが、実際は逆で柔らかい黄色プラークの方がつまりやすいのです。白色プラークでは表面が舗装されていてそう簡単には傷がつきません。しかし脂肪を大量に含む黄色プラークははがれやすく、潰瘍を起こしたりして血管がその表面で固まりやすく、そのため血流によってはがれて動脈硬化巣がその先で詰まって梗塞を起こすのです。黄色プラークは白色プラークの6倍も心臓病になりやすいという報告もあります。悪玉コレステロールの高い人は黄色プラークを作りやすいという報告もあります。どうしたら動脈硬化で倒れないですむかもう分かりますね!コレステロールを低くすることです。糖尿病の方に高コレステロール血症が多いことから糖尿病のコントロールを良くしておくことが大切です。
もう一つ書いておかなくてはなりません。それは黄色プラークの脂肪は、実は脂肪成分がマクロファージという血液細胞に食べられた結果できるということです。このマクロファージは普通は血管の中を血液に混じって流れています。ところが動脈硬化があるところに吸い寄せられるようにして血管の壁の中に入ってくるのです。「吸い寄せられる」と書きましたが、このまさに吸い寄せる因子が血管の細胞からでているのです。この因子は血管の細胞が高い圧力(高血圧)にさらされても多量に出ることが知られています。
こうして考えると何が動脈硬化に悪いか分かりますね。
1.高コレステロール血症
2.糖尿病
3.高血圧
いわゆる生活習慣病がどうやって動脈硬化を起こしてくるかよく分かってもらえたでしょうか?動脈硬化は急速に老人人口の増える21世紀の日本で極めて重要な病気と言えるでしょう。これを読んでいる皆さんも少なくとも21世紀の半ばまでに確実に老人社会の主役になっているはずです。備えあれば憂いなし!?といけばいいですね。 |