山梨糖太郎は55歳の会社員、部長をしていて部下を連れてよく飲みに出かける。糖尿病になって既に20年。時々医者に行って検査をすると、医者から「血糖が高いですね。インスリンの注射をした方がいいですよ。」といつも言われる。けれども症状もないので放っておいたが、近頃あることが気になって夜も眠れない。ちょっと山梨糖太郎さんの日記をのぞいてみましょう。
6月25日(火)
右足の小指の外側に、大きな潰瘍(かいよう)ができていて、そのまわりが黒くなっているのだ。ほとんど痛みはない。
これは癌だろうか?
6月28日(金)
歌手の村○英○が、糖尿病で足を切ったと週刊誌に書いてあった。糖尿病で足が腐るという話を聞いたことがある。
俺もそうだろうか?
7月2日(火)
友達に勧められてJA会館前の健康管理センターの糖尿病外来へ行ってみた。医者から「安心してください。癌ではありません。糖尿病の壊疽というやつですね。入院して治療しますが、手術で足を切断する可能性は五分五分でしょう。日本中の一線の病院で足を切断するケースは増えていますよ。」と言われた。
『馬鹿野郎!足を切るんじゃ癌と変わりないじゃないか!!』と怒りが込み上げてきたがだまっていた。
やがて悲しくなった。
7月3日(水)
医大に入院した。糖尿病の足の壊疽の原因はいくつもあるそうだ。
① 糖尿病の神経障害で、足の傷や、感染に気づかず潰瘍のなおりが悪い。
② 糖尿病に伴う動脈硬化で、血液の流れが悪い。その他にも
③ 細菌を殺す白血球の殺菌力が落ちていると言ったことがあるらしい。
そういえば、2〜3年前から足の裏が、足袋を履いたように感覚が鈍くて、ジンジンしていた。これも神経の障害らしい。受け持ちの医者は「糖尿病の神経障害は、音や振動計という特殊な機械を使うとこんなに重くなる前にわかりますよ。」
7月4日(木)
点滴が始まった。1日2回。体があつくなってポッポッとしてくる。なんとなく足の壊疽も治るような気がしてきた。
今日から車椅子と松葉杖を使うことになった。右足に体重をかけちゃいけないそうだ。
7月5日(金)
糖尿病専門の講師の先生がやってきて、俺の足を材料にして学生に説明している。俺の足の甲とひざの裏を念入りにさわって、「この人の右足の足背動脈と膝窩動脈の脈が弱くて、血流が落ちている。また、右足の血圧は腕の血圧の半分ぐらいしかない。この分じゃ、動脈硬化がひどいから、点滴の効きも悪いかもしれないね。」と半分は俺に説明するようにして言った。
タバコは絶対にダメだそうだ。今日から禁煙しよう!(間に合うかな?)
無事退院できたら病院にも通うぞ!酒もやめるぞ!
7月10日(水)
点滴を初めて1週間になる。毎日、足も薬液につけてきれいにしてもらっている。看護婦さんから水虫も良くないと言われて、その薬も塗っている。足の爪の伸び過ぎも、深爪も両方いけないそうだ。傷口からばい菌が入るらしい。足の裏のたこもいけないそうだ。看護婦さんが「きつすぎる靴や夏場の海水浴場での裸足はいけませんよ。」とやさしく言ってくれた。
夜、ベッドで女房のことを考えていたら涙がでてきた。
「ついて来いとも言わぬのに、黙って後からついてきた〜」昔の流行歌の一節が、ふと頭に浮かんできた。誰の歌だったかな? あれ? 村○英○の歌じゃないか!
7月17日(水)
潰瘍は大部小さくなった。足は切っても小指だけですみそうだ。運が悪い人は、動脈硬化がひどくて、指だけ切っても手術の跡がくっつかないそうだ。
だからそんな人は、膝の下あたりから足を切らないといけないと言う。
8月1日(土)
手術を受けた。小指を切った。何も書く気にならない。
8月17日(土)
明日退院だ。教授の先生が回診でまわってきて言った。「今回は運が良かったですね。しかし、クロストリジウムという菌がついて皮膚の下に空気がブクブクたまったりして、体内に菌がまわり、敗血症になる人もいます。これからは医者の言うことを聞いて、退院しても
①インスリンを使って血糖をしっかりコントロールして
②食事療法を守り
③HbA1c(ヘモグロビンA1c)は少なくとも6.5以下に下げ
④足の衛生に気を付けて
⑤狭くなった動脈を広げる薬をしっかり飲んで下さい。」と。
吹けば飛ぶような、将棋の駒のようなもろい人間の体です。命をかける程の危険をおかしてまで糖尿病を放置する必要はありません。
糖尿病の病因に関する研究は遺伝子異常を含めてどんどん進んでいます。
一方、医療機関に通っている糖尿病の患者さんは、全体の約1/3強と言われており、この数字は長い間、あまり変わっていません。残りの2/3の患者さんは、この山梨糖太郎さんと同じように危険な状態を過ごしています。インスリンを必要とするインスリン依存型糖尿病の方も、インスリンが不要で飲み薬の治療を行うインスリン非依存型糖尿病の方も、血糖のコントロールが悪ければ壊疽などの合併症をおこすことに変わりはありません。
ビールの飲み過ぎ、ブドウの食べ過ぎに注意して夏を乗り切って下さい。
注)この日記において使用された人名、肩書きは実在の人物とは全く関係ありません。 |